司馬遼太郎・河井継之助関係の情報(本,TV)


河井継之助の本

読んだ本の中でお勧めランキングです.
1今泉鐸次郎 河井継之助傳 博文館  入手が難しい本であるが,司馬さんの峠の元本とも言うべき本であり,継之助とその周りの人々の声が聞こえてくる.峠を読んだ後であると大変読みやすい.各章の終わりに継之助を偲んだ様々な人の詩や談話があり,読み応えは充分である.是非一読をお勧めする.
1司馬遼太郎著 峠 新潮文庫  司馬遼太郎の長編小説の中でも最高傑作である.興味ない人にも勧めたい.前半は 河井がどのようにしてその行動原理を確立していったかという話で,河井の人生同様 後半に行くに従い急展開していく.
3 稲川明雄 河井継之助 立身は孝の終わりと申し候 恒文社 \2300 2005年1月再読 継之助の生涯のみではなく、周りを取り巻く人々や敵将である長州側からの視点、影響を受けた山本五十六の話まで、大変内容が濃い。また、史実を淡々と述べて行くのみではなく、著者の推測も地元の郷土史家という情念からの視点から入り、読み応え十分である。”峠”読了後に読んで再び涙するのはどうだろうか。
4 山縣有朋 遺稿越の山風 東京書房 山縣の陣中手記.淡々と作戦,出来事を述べている.小千谷会談時に継之助が来たことを報告を受け,”兎に角之を拘留しおくべし”と指図をしたが,間に合わなかったことや,時山とともに出向くと,”岩村以下の諸長官が晩餐を為し居たる,その有様を見れば銘々に膳を控え,剰え人をして給仕せしめ居たるなど,殆ど戦陣中にあるものの所為とは思われざるものあり.”とある.しかし,この岩村の進退について,木呂子善兵衛と変わることや岩倉卿からの召し返せとの使者から,彼を守っている.岩村に懇願して戦地にとどまらしたとある.また,長岡城落城時の様子も描かれており,”前面の賊兵を罵り,後ろを見よ.尻に火がつきたりと叫ぶものあれば,腹を切れと叫ぶもありたる由.”と様子が生々しく伝わってくる.
5 稲川明雄 長岡城 落日の涙 恒文社 2004.6読了 ”通常の小説ならば4冊分かける”と言われたほどの河井継之助以降の様々な内容が濃く詰まった本。読んでいると涙が出て来るシーンもあり、”峠”のその後に興味がある人には勧めたい。
6 星亮一 奥羽越列藩同盟 中公新書 河井を取り巻く東北の環境が戊辰戦前,戦後とよく分かった.河井の開戦決意は小千谷会談決裂のみによるものではないことが見えてくる.読んでいると榎本艦隊と奥羽の連携のまずさや仙台藩の政治能力の低さがわかる.
7 稲川明雄 長岡藩 現代書館出版 2004.8読了 牧野家の始まりから山本五十六に至るまで大変わかりやすくかかれており、河井継之助の活躍については禄高改正についてを改革の頂点と評価している。大変読みやすい本で長岡藩の歴史、河井登場のその後から五十六登場に至るまであっという間に読める本。
8 星亮一 河井継之助 成美堂出版 \1600 1998.11読了 継之助のエネルギーの一部が門閥への憎しみであるという観点がある。また、この本は奥羽の状況を取り混ぜて話が進行するので、大変わかりやすい。米沢の参戦の遅れ、新発田藩の裏切りなどである。継之助が長岡城を奪われたのも迷いによる決断の遅れとある。陽明学の即断ができない人間としての継之助の苦悩が描かれている。
9 稲川明雄 長岡城奪還 恒文社 1998.3.19 八丁沖渡河作戦における各長岡藩士の活躍ぶりをドキュメント調に紹介している.河井の長岡城奪還後,城下を焦土化し,冬の到来を待って,再攻撃するという作戦構想なども紹介されている.また,渡河作戦の時の口語調の有名な口上書は河井によるものではなく,帯刀によるものであることも示されている.作戦前後の様子を各藩士の視点まで下がった辺り読み応えは充分であった.
10 安藤英男編 河井継之助の全て 新人物往来社 資料です.最近新装版が出ています.これも大河(慶喜)のおかげ.
11 芝豪 河井継之助 信念を貫いた幕末の俊英 PHP文庫 \819 99.5.22 大変読みやすい.また,継之助の周囲村松忠治右衛門,彦助,寅太らの動きも比較的詳しくかかれている.今までの小説を総まとめにしたような印象を受けた
12 司馬遼太郎著 英雄児〜王城の警護者に収録〜  短編.河井が西洋式最新軍を手にしたため,それを実戦により試してみたいという切り口で書いている.
13 星亮一著 長岡藩軍事総督河井継之助 ベスト新書 \780 2005年1月  非常に読みやすく、短時間で読むこともできる、”峠””継之助傳”を始め、様々な引用も多く、継之助の入門書と言ってもいい。惜しむらくは間違いが数カ所あることである。でも、手っ取り早く継之助の足跡をたどるにはよく、”峠”がきつい人にはいいかもしれない。
14 中島欣也著 愛憎河井継之助 恒文社  最後に墓から継之助が蘇り,著者と対談する.
15 中島欣也著 裏切り 恒文社  長岡戦争に大きく影響を与えた新潟港陥落.これには新発田藩の奥羽越列藩同盟に対する裏切りによる処が大きい.この本では勤王藩新発田藩の戦略としての加盟,裏切りが述べてある.後半は新潟港の攻防で,色部長門(米沢藩)の最後やスネルの活躍,継之助とのやり取りに話がうつる.
16 NHK取材班 堂々日本史7 河井継之助・小藩生き残りの誤算 中央出版 1997  やはり大誤算だったのでしょうか。取材班の編集後記の方が本編より楽しめました。
17 池波正太郎著 若き獅子 講談社文庫   池波氏の短編集。継之助の話はこのうちの"悲劇の英雄"というものがそうである。 気になったのは、継之助が古賀塾で寝食を忘れて読みふけったという”李忠定公集"についてである。李忠定は宋朝の政治家で、金侵攻の際、和護が国事を誤ることを強調し、主戦論を主張した人物であるそうだ。非常にテンポのよい展開だったので、この話だけ2度読んだ。
18 外川 淳 歴史現場から分かる河井継之助の真実 東洋経済 \1700 史跡散策をする際には大変役に立つ本.史跡位置が分からなくて,困ることはこの本があればまずない.また,その史跡にまつわる継之助のエピソードも書かれており,史跡巡りの旅先で読むのに適している.著者の継之助に対する思い入れも充分に感じられた.方谷関係の部分であるが,方谷の展示物は図書館ではなく,交流館の方に移されている.また,方谷駅には,駅守のおばちゃんがいる.
19 中村彰彦 闘将伝 小説立見鑑三郎 角川文庫 幕末から日露戦争黒溝台までの桑名雷神隊立見鑑三郎の話.継之助は戊辰朝日山の節で登場.比較的詳しく書かれている.立見,佐川が明治まで生きたことを考えれば,継之助がが存命しておればいかなることをしていたかと考えを巡らせる.
20 中村彰彦 鬼官兵衛烈風録 角川文庫 幕末から西南戦争での壮絶な戦いを繰り広げた、鬼官こと佐川官兵衛の話.白虎隊(16,17才)、朱雀隊(18-35まで)、青龍隊(36-49)、玄武隊(50歳以上)のうち、かんべは朱雀四番士中隊隊長である。継之助とは光福寺で初めて会い、”こけおどしもいい加減になされい!”と暗い本堂から登場する。”峠”や芝氏の小説でかかれている慈眼寺会談の妨害工作については述べられていない。今町の戦いの佐川の活躍や佐川が入浴中、攻撃にあい、湯船の鉄砲玉であけられた穴を押さえながら、入浴する話は彼の豪胆さを感じる。継之助も同席しているのがなんとなくおかしい.佐川は戦場で最後を迎える。その最後があまりにもあっけなく感じた。
21 童門冬二:小説河井継之助 武装中立の夢は永遠に 河井を”俺が俺が”という人物として表現している。また、方針や作戦など がわかりやすく箇条書きしてまとめてある。資料的な小説、説明的展開 という感じがした。
22 童門冬二 山田方谷 河井継之助が学んだ藩政改革の師 学陽書房 \760 2004.5読了 大変読みやすい。方谷の入門書と言っていいのではないだろうか。展開は小説河井継之助と同様で、あまり残るものがない。
23 岳 真也著 北越の龍 河井継之助 角川書店 1995  いきなり北越戦争から話が始まり,継之助の遊学等を回想として話が進んでいく. お松と利根之助についてのエピソード,継之助重傷を負うシーンが他に比べ詳しく描かれている.
24 緒形忍 竜馬死せず1,2 学研 
幕末if小説.継之助が幕府の陸軍奉行へ,実際には無視された継之助懸案の京都包囲作戦が実施される.それにガットリング砲を投入..佐川は早々に打たれるし,継之助の思考が陽明学的でないが,ドラマとして楽しめる.竜馬については良く研究してあると思う.
番外 司馬遼太郎 歴史と風土  "峠について" にて継之助を驚異的な世界観の持ち主,陽明学を修めたと言うより王陽明のファンだったのではとわかりやすく紹介
陽明学とは何だろうか?「陽明学は人の話をよく聞くことだ」と聞いたことがある. 継之助は耳学の人であったから,そういう意味では陽明学徒かもしれない. 後,この本で気になるのは商業主義と化した仏教への批判である. 仏教では本来霊魂を認めていないのに何が成仏するのだろうというやつである, 司馬さんは日本人の墓(庶民)は元禄時代頃からだとまでいって,墓を競い合うのは商業主義で,仏教も親鸞も無関係だとまで,言って,僧侶も商人なのだと言うことになる. 後は中国と韓国の記述も面白かった(2005.5.23)

番外 雑誌

  1. 歴史群像シリーズ39 会津戦争 痛憤白虎隊と河井継之助 1994年9月
  2. 歴史読本 河井継之助 薩長に挑んだ男 1995年4月号
  3. 戊辰戦争の河井継之助 矢沢大二 矢沢大二
    河井継之助記念館で購入することができる.

その他の継之助の本

谷氏より掲示板に投稿があったもの(ランキング分はのぞいています)
  1. 塵壷,安藤英男注,東洋文庫
  2. 長岡城燃ゆ,稲川明雄,恒文社
  3. 戊辰朝日山,中島欣也,恒文社
  4. 戊辰任侠録,中島欣也,恒文社
  5. 脇役たちの戊辰戦争,中島欣也,恒文社
  6. 河井継之助,安藤英男,新人物往来社
  7. 河井継之助写真集,安藤英男,新人物往来社
  8. 良知の人 河井継之助,石原和昌,日本経済評論社
  9. 河井継之助を支えた男,立石優,恒文社
  10. 伝習録,吉田公平,タチバナ教養文庫
  11. 越佐維新志士事略,弥彦神社,越佐徴古館
  12. 河井継之助,星山貢,三教書院
  13. 米・百俵.山本有三,新潮社
  14. 忘却の残塁,今泉省三,野島出版,
  15. 小説 幕末輸送隊,竹田十岐生,新風舎,
  16. 河井継之助,井上一次,泰光堂,
  17. 北越戦争と河井継之助,井上一次,東京イデア書院,
  18. 論戦・河井継之助,太田修,河井継之助を偲ぶ会
  19. 長岡郷土史(23),長岡郷土史研究会編集委員会編,長岡郷土史研究会
  20. 長岡郷土史 特集・戊辰戦争をめぐって(2),長岡郷土史研究会編集委員 会編 ,長岡郷土史研究会,
  21. 歴史と旅(平成七年七月),鈴木亨編,秋田書店
  22. にいがた歴史紀行(9)長岡市・古志郡,新潟日報事業社
  23. 長岡中学読本 人物篇,新潟県長岡高等学校同窓会長岡中学読本人物篇復刊 実行 委会 ,新潟県長岡高等学校同窓会,
  24. 戊辰戦争始末 全,旧長岡藩戊辰戦死者五十年祭発起人,旧長岡藩戊辰戦死 者五十年 追悼会
  25. 長岡藩史話/牧野家家史,蒲原拓三/坂本辰之助,歴史図書社,
  26. ふるさと長岡のあゆみ,ふるさと長岡のあゆみ編集委員会編,長岡市,

読書記録(継之助が読んだ本編)

遠藤哲夫訳注解説 ”小学” 
明徳出版社 \2,233
安岡正篤氏いわく、「河井継之助という人は非常に豪傑で、人を人とも思わず、 礼儀作法などには拘泥らんというふうに少なくとも世間の人は 考えている。無知な人ほどそう考えている。この人が『小学』を 非常に愛読した。」
また、李忠定公文集や王陽明の文集、更に小学、
「河井継之助ともあろう人が心血を傾けて読んだ本であり、 あるいはまた更に進んでこれを写し取ったほどのものであるから、 いやしくもその流風余韻に浴せんとするものは直接原典について 読むがよい。またそれを読めないということでは、河井に対して 恥ずかしいことである。」
(以上岡村氏による投稿)
安岡氏は河井を論じた 「人物・学問」やその他の小論のなかで、「河井先生はなによりも 『小学』を愛読された。いわずもがな『小学』は幼少のものに 実際的・日常的な道徳の実践を説いたものである。それを日夜 読まれた先生は、実は常識的な道徳家として世を終えること が出来た人なのです。先生の晩年の激烈の行動はただ時代の なせる業だと解釈すべきである。」といわれています。
これも味わい深いことだと思います。
(以上管野氏による投稿)
未木文美士 「碧巌録」をよむ 
岩波セミナーブック
蒼龍窟の語源を知るために読んだ.継之助も読んだとされる.原書を読むべきであろうが,セミナーブックを読む.(辛いので・・・).禅の”意味論の崩壊”という行き着く先が”記号論” >であるような気がして,がっかりしました.この観点からすると,峠の中で述べられていた暇人のための暇つぶしのための学問のようが気がしてしまう.やはり,禅寺で厳しい生活の中にあって,ぎりぎりのところで,書に出会わないと,やはりよく分からないものなのか.
吉田公平  伝習録
タチバナ教養文庫
岡田武彦訳注解説 王陽明文集 
明徳出版社 \2,136
陳瞬臣 「小説十八史略」 頑強な対金主戦論を唱えた李綱.文天祥.などの南宋時代の人物について読んだといわれている.この歴史観をふまえた上で,その後の行動を考えると大変興味深いように思われる.
文天祥は南宋の文官ですが,元を相手に最後まで戦い,宋滅亡直前にとらえられますが,フビライに才を惜しま れ,何とか元に使えるように説得されます.しかし彼は史書に現れた節義の人の名を次々と挙げて、「これらの人々と同じく、 自分も青史に名を留めたい」と歌い(正気歌)最後には死罪を賜ります.

読書記録(司馬遼太郎編)

風の武士 再読 2005.8.30 幕末の流れと並列に走る龍馬や継之助とは別次元の話.気に入っているフレーズは下巻に多い.
「ゆらい,人間力というのは,口説の徒や策謀家にはいない.誠実で陽気で頑固な男のみがもっている磁石のようなものだ.」(pp.73)
それから司馬さんがよく語る死生観も出てくる.「骨になったら石くれになるだけのことだろう.極楽も,地獄も,おそらく方便坊主のたわごとさ.おれの父は,死んで石になり捨てる覚悟が,人間最上だと教えてくれた.おれはたったいまでも,石になり捨てる覚悟はあるよ.」
それから男の生き方の話.「そう思うと,萎えていた気持がふたたび生きいきしてきた.男というものは,自分で自分なりの目的をつくって,そこに突入してゆくときにだけ,生き甲斐を感じる不思議な動物なのだ.」(pp.196)
学問のおもしろさを話すシーンも興味深い.「学問もそうだ.学者が面白がればそれだけで価値がある.将棋や碁をやるのとちっともかわらない.そういうものに,世の益になるとかならぬとか理屈をつけてさわぐのは,学問のおもしろさを知らぬ素人の言い草というものだ.」という早川夷軒には終始好感を持って読んだ.
梟の城 再読 2005.6.12 葛籠重蔵という乱波の話であるが生き方の話でもある.重蔵の中には幾人もの人格があり,どれが本当の自分なのか分からぬと言う.技のために生きる.また,秀吉とのやり取りも興味深い.2人の対面では生身の対面であり,秀吉からは関白という装飾は取られるからである.立場を超越した出会いと立場に固執しようとする五平.対照的である.(2000.10.24)
「おのれの技能にのみ生きることが忠義などとはくらべものにならぬほどいかに凛烈たる気力を要し,いかに清潔な精神を必要とするものであるかを,彼らは知り尽くしていた.」pp.15
何となく昔からおぼろげに思っていたが,忍者というかこの伊賀者の考え方はエンジニアに似ているなと思う.エンジニアではなくても,専門職という技によって生きること. これは忠義なんてことを聞くと逆に軽蔑すら覚えるという伊賀者に近く,彼らの気持ちがずいぶんとわかるものではあるし,言われるように凛烈たる気力と清潔な精神が必要なのである.
”宋久がその卓越した商略を持って供給したあの膨大な鉄砲の量がなければ,信長も秀吉も,天下の主にはなれなかったかもしれない. 法印宋久は,胆のうちでどこかでそう信じている.そう信じることが,この利口な男のただ1つの暗さであり,今の不幸になっていると重蔵は思った.”pp.85
俺はやってやったんだ!と思ってたんでは駄目で,そういうことはやったとたんに忘れろと言うのは昔からよく言われることだ. うむ..それは不幸すらもたらすと言うことか.まあ,人間というのは嫉妬深い生き物であるからそれも難しいことではある.
”むらがっておる雀,あれが,おぬしらさむらいというものとすれば,”忍者は梟であるという.他の者と群れずただ一人で生きておる.pp.244
このあたりが重要に思える. 洞玄に主題のようなものを喋らせてしまっているものすごい描き方である. あとは最後の秀吉とのやりとりでもでで来るのであるが,自分とは何者であるかということ.
”わしの心の中では幾通りもの人間が別々に行き,別々に考え,別々な口をきく.”pp.306
これはよく感じることだ.ではどれが自分なのか?重蔵もわからないのである.そして,秀吉にもわからない.
「あれは,おのれに利することのみを考えている. もともと,女が男の嫁になるのも女としておのれを利するがため. そういう男に娶られてこそ,女の生きる場がある.」pp.423
 なるほど,そんなものかもしれないなあ...
「忍者の人間観からすれば用のみで人間は存在する」pp.460
用のみでは言い過ぎかもしれないが,近いものがあるだろう. 仕事とは人の機能の部分であり,これは恐ろしく非人間的なものであるけれども,仕事がないほど悲しいことはないからである.自分をどのように世に展開できるか.そこだな.
侍はこわい 2005.6.6 最初の話が”権平五千石”という話で,平野権平という”賤ヶ岳の七本槍”のひとりをあつかったもの.”人は応分に生きるべきだ.”と権平は思っている.この考え方は大切かもしれない.調和というものがやはり目に見えないように存在しているように感じるのである.そんなことを考えさせてくれた.最後の話は,近藤の話であった.司馬さんは近藤はあまり好きではなかったのかしらといつもその描写を見ていると思うのであるが,どうなのだろうか.まあ,ワシもあまり好きではないが...,いずれの短編も艶やかな女性が出てきている.すごい剣豪もそばにいる女性のことで身を転落させていく.そういうものなのかなあ..しかし,なかなか現実にはそういう踏み込みはできないわけであるから,踏み込んだらどうなるか,というシミュレーションを見せてくれているようにも思える. 人生とははかないもので,微妙なバランスの上に成り立っているのかもしれない.
歴史と小説 2004.3 生きるための鋭い目的を持たず、エネルギーのみある場合、酒とマージャンほど精力と才能の消費方法はないであろう。しかし、奥田総長の言われるように「それだけの人間」というのは、やはり私にとっては苦手である。 私は教育者ではないから、 「そんな人間になってくれるな」 とはいわない。 ただそういう人とつきあいたくないだけである。何かの都合でその種の人と一週間暮らさねばならぬとしたら、一週間、牢に入るほうがましだと思う。これは誇張していっているのではない。これほど退屈な相手はないからである。(pp.149-150)
竜馬がゆく 再読 2004.2
(3巻)
「運などあるものか」
「人生は一場の芝居だというが芝居とちがう点が大きくある.芝居の役者のばあいは,舞台は他人が作ってくれる.なまの人生は,自分で,自分のがらに適う舞台をこつこつ作って,そのうえで芝居するのだ.他人が舞台をつくってくれやせぬ.」(pp.286) (7巻)
「仕事というものは騎手と馬の関係だ,と竜馬は,ときに物哀しくもそう思う.いかに馬術の名人でもおいぼれ馬に乗っていてはどうにもならない.少々へたな騎手でも駿馬にまたがれば千里もゆけるのだ.桂や広沢における長州藩,西郷や大久保,五代,黒田における薩摩藩は,いずれも千里の良馬である.土州浪士中岡慎太郎にいたっては,馬さえないではないか.徒歩でかけまわっているようなものだ. (男の不幸は,馬を得るか得ないかにある)」(pp.58)
「こまった」とはいわない.困った,といったとたん,人間は知恵も分別も出ないようになってしまう.
「そうなれば窮地が死にになる.活路が見出されなくなる」
というのが高杉の考えだった.「人間窮地におちいるのはよい.意外な方向に活路が見出せるからだ.しかし死地におちいればそれでおしまいだ.だからおれは困ったの一言は吐かない」(pp76)
(8巻)
佐佐木の話しぶりはすらすらと話は弾むのだが,独創性はない.1つの概念をしゃべるとき,その内容か表現に独創性がなければ男子は沈黙しているべきだと竜馬は思っている.そのつもりで今まで自分を律してきた.(P.47)
「悪人の霊魂を祈らばわれに智恵よくつくものなり.また釈迦,歴山王(アレキサンダー),秀吉,始皇.しこうして泉の如く策略もまた生ず」
「薄情の道,不人情の道,わするることなかれ」
「義理など夢にも思ふことなかれ.身をしばらるるものなり」
「天下のもの,各々其の主ありて1銭を奪はば盗賊と称し,一人を殺せば人またわれを害す.かくて地震の霹れきするや数万の家を破壊し,洪水の溢るるや幾億の生れいを殺す.是を天命といふて恐るるは何事ぞや,人倫もとより小量にして大器なきが故なり.されば世界を鳴動せんと思ふ人こそは胸中に此の心なくんばあらず」
「衆人みな善をなさば我れ独り悪を為せ.天下のことみなしかり.」(P.398)
大盗禅師 2003.12  司馬さんの全集に入らなかった表題の小説. 由井正雪や鄭成功が出てきて,おもしろい創作作品であった. ”坂の上の雲”前に書いたと言うことなので,意外なかんじである.初期の小説のような感じで,楽しめる作品.教訓めいたものは感じ取れなかった.
城をとる話 2003.2  石原裕次郎に頼まれて,映画の原作として書かれた作品.映画題名は「城取り」.ただし,原作は映画には生かされてないそうである.

 「お前はなにができる」
といった.
技能のことである.単に山賊として地上に存在している,と言うことではなく,何の技能で山賊として存在し得ているか,と言うことであった.
「男はそれが肝心なのさ.女は子を産む,それだけで地上に存在しうる,暮らすこともできる.男はそうはいかぬ」
藤左は,手ばなをかんだ.
「技能(わざ)がいるのさ.これがあってはじめて神様から地上で暮らす許しを得る」

pp298より
「左内,そう感情をむき出すな.仕事をする場合,自分は人間にあらず,道具だと思え」
仕事とは本来非人間的なものだと車藤佐は言った.その仕事に必要な機能をそれぞれの人間からひきだし,組織化し,人間を機能だけで使い,動かしてゆく.

ひとびとの跫音 2001.11  司馬さんがノモンハンを初めとして昭和史のことを調べて,とても書けなくなり,その代わりに「ひとびとの跫音」と「草原の記」を書いたと言われている.「ひとびとの跫音」は正岡子規から始まって,子規の養子の忠三郎さんまでの話であり,秋山兄弟も断片的に登場する.文明とは人間の躾の総和であるとするなら,封建時代の武士としての日本文明は忠三郎さんの世代で終わってしまったのかもしれない.
忠三郎さんの父加藤拓川の話も面白い.彼の愛国論というのが司馬さんが湾岸戦争の時に語った戦争に関する考えたかであるらしく,その愛国論によれば愛国心がある限り天下太平は免れないから,忠恕を心得よというものであった.
「例え我が身に利あるも我が親類に害ある場合は之を為すべからず.例え我が親類に利あるも我が一国に害あれば忍んで之を忘れるべし.例え我が国人に利あるも世界の人々に害ある場合は是罪悪なりと仏国の学者は言えり」
彼はそれをパリで書き上げる.忠恕の精神から行けば真心を尽くし他人へ無限に思いやるという仁の実践はお互いがこの精神がないと難しいのかもしれない.いずれにしてもここにでてくる登場人物の共通点は無私無欲という点であり,読んでいて気持ちがいい.
おそらく司馬さんが昭和史の代わりに是を書いたと言うことは調べた内容が本当にこの登場人物とは正反対のものであったのであろう.もう一読してみようと思う.
風神の門 2001.10 霧隠才蔵といえば真田十勇士の一人であり,猿飛佐助と忍術比べをして破れるという伊賀忍者であるが,司馬遼太郎 さんの描く才蔵は少し違っている. 組織で動く佐助に対し,あくまでも個人主義の技術者であると考えても良い. 才蔵が言うには”忠義”というのは能力がない侍のすることであり,能力がある人間は忠義なぞいらないのであるという. これは同じく司馬さんの”峠”に出場する福沢諭吉と同じスタンスであろう.  諭吉は継之助とのやり取りの中で,”江戸落城の日が分かったら教えてくれ.ワシは尻をからげて逃げてしまうから”と いうのである. 諭吉は自分の技術を売って生きているのだから,他の侍のように無駄に代々扶持を貰ってきた人間とは違う. だから,そんな滅亡時に運命を共にする必要はないというのである.  これは技術者というか,人間としての生き方では無かろうか. その点で彼らにひどく同感するのである.  ”男は誰でも自分の才能を世に問うてみたい本能を持っている.男が世に生まれて生きる目的は,衣食をかせぐためで はなく,その慾を満たしたいがためだ.” 本当にそうだと思う.  才蔵も自分に自信を失うときもある.風魔忍者獅子王院と対戦した後であるが,佐助の”自分自身(増上慢)に負けた のだ”という言葉に耳を傾ける. 人間負けだと思ったときが負けであり,やはりその判断は自分自身できめることでありこれらは戦う前つまり行動を起こ す前に決してしまうような気がする. かといって,増上慢にならないような状況分析能力は必要である. 焦っては駄目だ.
空海の風景 2001.9 これは小説なのだろうか?司馬さんはなかなか勝手に空海に喋らせないし,喋らせたとしても,”と言ったかもしれない.”と断定的ではない.ただ,司馬さんの言う空海の風景を描くことで空海衣の裾ぐらいは見られるのではという試みは非常によく理解できる.空海は天才である.しかし,人間の楽しみが同じ知的レベルの人々と話すことであるとするなら,彼は孤独であったに違いないし,高野山が長安に酷似していることも,長安時代の知的交流を懐かしんでのことであることが理解できる.また,空海の凄さは密教の理論体系を正当な系統者として中国から持ち帰っただけではなく,それを完成させてしまった点に驚嘆した.彼の思考方法がすごい.一人で,岩を抱きつつ,山を上がりながら思考するというのである.歩きながらものを考えると言うことはたまにあるが,比ではない.突き抜けた創造的な仕事をするときにはその程度の真剣さが必要なのであろう.最澄とのやり取りもおもしろく,この辺に空海の人間くささがにじみ出ていて好きである.もう一読しなければいけない.
戦雲の夢 2001.7 長曾我部盛親の話.人間機を逸しては駄目であり,後半の大阪の陣の下りは逸した機をいかに足掻こうが取り戻すことはできないのであると言うことのもどかしさと,やはり人間決意と行動が重要であることを感じさせられた.
韃靼疾風録 2001.6 漂着した女真の王女アビアと「韃靼」へ渡り、満州武士団の一員として明から清への王朝交代に立ち会った肥前松浦藩士、庄助の数奇な生涯.非常におもしろかった.
庄助が毛文竜にとらえられたときの記述に「毛文竜が何をたくらんでいるのか.何も企んでいないのか,すべては霧の中である.ここは正直にうち明け手前に槍を進めるしかあるまい.祖父の道喜は,戦場で敵味方も定かでない混戦になれば,決してかがむな,前にしか活路はない,と常に教えてくれた.」という潔さに気持ちよさを感じた.
 あまりに数奇な運命のために冗談(こけ)をいうなとよく言うのであるが,こけ,虚仮,世間すべて虚仮.この世の事象はすべてうわべのことで真実ではない.世間虚仮.仏はそう教えている.
 弥左衛門もいい味を出している.時々出てくる庄助との絡みがまたいい.庄助の夢に彼が出てくることが多いということで夢に出るということは彼が庄助のことを思っているからではないかと思うシーンがある.そんなものかもしれない.
磯貝 司馬遼太郎の風音 NHK出版 2001.5  司馬遼太郎の伝記とブックレビュー.ブックレビューの方は少しくどい気がして途中で読んでいくのがつまらなくなる.司馬さんのアジア大陸へのあこがれや海音寺潮五郎さんとの関係がもう勘弁して下さいというぐらいまで分かった.(何度も繰り返し出てくるので・・・).やはり,司馬さん人気便乗本にすぎないのではないだろうか.あまりお薦めの本ではない.
小山内,鶴見,出久根,半藤 司馬遼太郎の流儀 NHK出版 2001.4.30  飛ぶが如くの脚本家.西郷はやはり西南戦争で死ぬ気であった.大砲隊が最後列であった.
 ”坂の上の雲”の映像化反対にまつわる話.司馬さんは人間としての選択をするにとを題材として選んでいる.岡田,近藤,土方も自分の意志によって生きた.”土地と人間という本を手作りで作った.ノモンハンは書けなくなったが,”草原の記””ひとびとの跫音”をかく.
 司馬さんの失敗作か.”花咲ける上方武士道””魔女の時間”(主婦の友昭和36年12月号から翌年11月号まで連載.本になっていない)
 後,半藤さんの話もあるが殆ど自分の話であり,これを入れたのはこの本の構成上失敗といっても言い.
義経 2001.1.8 天才的な軍才を持ちながらも政治的な感覚においては痴呆と言っていい義経の話.それに尽きる.この時代の血液への憧れ的なものもよく理解できた.生き方などに対しては学ぶべきものは少ないが,”俄”で述べられていた夜モノを考えると悲観的な結果が導かれるというようなやりとりが頼朝と郎党との間にあった.いずれにしても癖のある人物が多い.
俄 2000.11 明石屋万吉の話.どつかれ屋から身を起こし,親分,侍大将へなり,場渡り的に生きていく.万吉は世間はカラクリで出来ていると思わざるを得ない.しかし,彼はそのカラクリを利用してどうこうしようと言う志をたてている訳ではない.世間は世間,万吉は万吉という独自の立場である.
 夜はものを考えぬと言うのが万吉の処世である.深夜ものを考えると考えることがしおれてきて消極的になるからである.
 善人にとは小心で毒にも薬にもならなくっていっこうに前後の見通しがなく,常に大きいものに巻かれることを持って生き方としている人間とすれば,万吉を新撰組に始末させようとしたがうまく行かずにそのまま今度は万吉になびく建部のような人間がそうである.世の中こういう人間が多い.
 万吉は単純明快というのが行動原理のようである.駈けるが,何のために駈けているのか分からない.あまり意味も考えずにかけずりまわっている内に瓢箪から駒が出て,食っていっているというのである.だから,先見の明があったり,その先見の明によって他人と違う道をひそひそと歩いたりする神経が,そのときばったりの万吉には分からないし,むしろ気味悪くさえもある.この辺が継之助との違いであろう.
様々なエピソードが本当に俄の如く,たくさんあった.特に,長州が攻め上るときに素っ裸でけつを川に向けて ねっころがっているシーンや船頭になっているシーンなど・・・.様々に凝縮されている
アームストロング砲 2000.10.26 新撰組の話が多いが,9話の短編集.倉敷の若旦那と言う話がよい.彼は長州に流れ,第二奇兵隊の幹部となる.第二奇兵隊は,真宗僧侶大洲鉄然が組織したもので,周防郡や島他国から流入したものによって構成されており,後の戊辰戦争における上越戦の主力部隊である.彼は暴発して,結局,光の千歳橋で死を遂げる.総てが身近のことであり,驚きながら読んだ.
風塵抄 2000.1.19 高貴な子供:創造に関わる部分はコドモ.責任から逃げ出す疑似コドモではない.責任は回避すべからず,擬態でごまかすべからず,と真の子供を作るようにしつけることが,精神の中のコドモを充実させること.
やっちゃんと言う話はほのぼのする.心に沁みいる.
独学のすすめ:ニューヨークに意味などあるか!”の話はひどい.きっかけというのはこういうことが多い.
カセット人間:カセット人間にならないためにも勉強が必要である.自分の人生・他人の人生を退屈させないように教育というものがある.
”忠恕”真心,まじめ,  思いやる
国家・宗教・日本人 1999.8.4 井上ひさしとの対談で,1995〜1996年にわたる彼らの対談集.オウムサリン事件などについてもふれている.”宗教と日本人”と言う話の中では,神父さんと親鸞の話が面白い.”南無阿弥陀仏と唱えると本当にお浄土にいけるのですか””さー,大好きな法然さんがそう言われるんだからそうだと思っている”(笑)”歓喜踊躍"”唯円坊でもそうですか.私はこんなに高齢になったけれども一向に嬉しくないのです.”
いやらしいことばー”何々させていただく”は近江の人々が阿弥陀さんを前にしての謙虚さの表現であった.
継之助が戦争に踏み切るときに百姓町人にまで自分の考えを聞かさなければならないので”言文一致”を試みた.山田美妙以前の言文一致.当時は自分の考えを述べる十分な日本語は発達していなかった.
石橋湛山の小日本主義.戦前戦中にかけての長い間,38度線から北は関東軍の受け持ち,38度線から南は第17方面軍の受け持ちだった.その日本が決めた受け持ちをそっくりアメリカとソ連が引き継いだ.だから,日本がもう少し早く戦争をやめていれば,南北分断はなかったかもしれない.
ドイツは”今の国のありようとナチスの時代の国のありようとは歴史的に断絶している" と言うことを言い続けてきている.西ドイツが払った補償額は約10兆円.日本は54ヶ国を相手に戦い,賠償を要求してきたビルマ,フィリピン,インドシナ,南ベトナムに約15億ドル,軍人への恩給が33兆円.ドイツは”あのときを教訓に今新しい理念で国を作ろうとしています”と絶えずアピールして周囲の理解を得ながら再軍備した.日本はそう言う手続きを全部抜かして一気に”普通の国”になりましょうと言って再軍備しようとするからいかんのだ(樋口陽一)日本は表現が下手なのである.
”おまえ,朝鮮半島を支配したことがあるじゃないか”と言われれば,”申し訳なかった”と頭を下げなければいけない.格好悪いもヘッタクレもない.我々の自尊心はどこから来ているかというと,ニューヨクに居ても”ああ,室町時代に世阿弥がいたな”と思うだけでちゃんと町を歩ける.頭を下げ続けることで自尊はどうこうならない.エスノセントリズム.自分の文化が一番いいと思うこと.
故郷忘じがたく候 1999.7.22 表題の話は大変良い.16世紀終わりの朝鮮の役で日本に拉致された子孫達の話.島津氏に保護を受け,白薩摩と言う陶器を編み出す.そして士分に取り立てられる.ここでは子孫の沈氏の話が主である.上薬を探すのに苦労する話や韓国大統領に会う話なども感動的である.また,彼のソウル大学ので講演がよい.”韓国に来て様々な若い人たちは口をそろえて日本の36年間の圧制しか言わない.最もその通りであるが,それを言い過ぎるのは若い韓国にとって後ろ向きである.”といい最後にさらに感動的な台詞で締めくくっている.
 後,短編が2編併せて載っており,そのうちの一つが世良修三について書いた”斬殺”である.以前,星さんの奥羽越を読んで仙台藩の政治能力の 低さを感じたが,この小説を読むとさらに政治能力のない世良の悲劇を感じた.世良の評判は東北では非常に悪いが,大山の言う”世良はだいぶ構えちょる”と言う唯一の政治姿勢しかとれなかった世良に同情するものも多かった. 世良は大島の椋野の出身で赤根武人の引き立てを受けていた.赤根が失脚するまでは木谷姓を名乗っていた.そう言えば,大島は木谷姓が多い.イメージとは異なり,人一倍働き者の最後,どうしようもない最後に哀れを感じた.
「昭和」という国家 軍人勅諭は西周が起草し福地桜痴が手を入れて大変わかりやすい文章になっている.また,軍人が政治に関与してはいけないことも書いてあった.しかし,”汝等は朕を頭首と仰ぎてぞ”という節から特殊な職業だと思うようになってきた.それから,”帷幄上奏権”という内閣も議会も関係なしに軍人が天皇に直接相談できるというものができてしまう.
 戦争はリアリズムの世界なのに昭和期の軍にはそのかけらもない.それで言葉でごまかそうとした.
 日本は職人を崇拝する社会だ.しかし,日露戦争に勝ったと思いこんだことが,本来持っていたはずの合理精神を失わせてしまった.参謀長たちはペーパーテストの秀才であり,メッケルのやり方を丸暗記して,そのままやっていただけであった.
 明治政府は江戸期を否定し,そしてそれ以後の知識人らは江戸期的な合理主義を持たなかった.多様性のない社会がなにを生むのか.我々が自分自身で自分の多様性を,ああ,おまえはそういう自己を作り上げているのか,そういうおもしろい考え方を持っているのかというような自己の多様性を持っていなければならない.
司馬遼太郎が語る日本 2/13読了 思想に酩酊できる人は,たとえばマルクスという者を”資本論”全部を読んで,ああわかった俺はマルキストであるといって歩く人ではない.ちょっと誰かから,お題目程度のことを聞いただけで,すぐ入信というか,酩酊できる.これからは思想に対する尊敬心を捨てた方がいいのではないか.捨てた方が少なくとも,思想からの災害を受けずにすむのではないか.
 人物は一流と二流と三流がある.三流人物は見てすぐわかる.ああこいつは三流やと.そう思ったら相手にせん.一流と二流とをどうやって見分けるか.二流の方が立派に見えることがある.才はあるし,弁は立つ,容貌はいい.しかし,二流は二流である.
 中国では魯迅を孫文よりも高く評価している.「藤野先生」という作品のおかげで,親切な日本人というイメージが残った.
 サマセット・モーム「自分はどこにも行かない.街角でただ一日座っていて,道行く人を見ていればそれで小説は書ける」これが流行のファッションだと思いこんで,ファッションが歩いているように歩くとは何でしょう.私の考えでは
「私には自分というものがないんだ」
という広告をして歩いているのと同じなんですが.
 土佐人の明晰さ(下)に感動する.「生産している人はわずかで,あとは遊んでいる人の時代がくる」どうやって過ごせばわからなく,覚悟のない若者が多い.自分がなにをするかの覚悟がないうちに世の中の方が動いていく.これからの世の中はほんの少数の優れた人たちがつくりあげていく社会になるおそれがある.何か一つの強いテーマで生きて欲しい.「おまえたちは大きくなると大変な時代を迎えることになるぞ.俺たちは俺たちなりの不幸があったけれど,おまえたちは俺たちが経験しなかった苦労をするだろう.そういう時代におまえたちは生きていく.精魂込めて自分を建設しろ.ビルを建設するように自分を建設する以外に生きていく道はない.」:
この国のかたち1-3 8/4読了
この国のかたち4 6/21読了  幕末から昭和の軍事国家へ至る一つの切り口として,統帥権について考えている.この中に入っている”日本人の二十世紀”も良い.リアリズムを重視した日本がリアリズムを喪失して破滅に向かった過程がよく分かったような気がする.
最後の将軍 1/7読了
 "竜馬が行く"等で,慶喜については触れてあるので,今までなぜか読まなかった作品. ”竜馬が行く”の中で,竜馬は慶喜の大政奉還という自己犠牲に対し感動する.しかし,この本を読むと本人はたいして自己犠牲とは思っておらず,大久保,西郷との駆け引きにより,結果的に辿りついちゃんたんではないかと思ってしまう.結果的にたどり着いたとはいえ,無論彼の論理により,将棋の手の先読みをするがごとくにたどり着くのである.政治家である.大河ドラマでこれらがどう表現されるか楽しみだ.
歳月 1/4読了
 江藤の焦り,政治家大久保の大きさ.自分の運命にすら傍観的, しかし,自分のおかれた環境はみえてこない.
"吉田松陰と河井継之助の死”1997.12.14読了
 寮の当直室に転がっていた司馬遼太郎さんの未公開講演集.日本人は自分の人生の中にテーマなりモチーフなりを求めるものである.という司馬さんの言葉が印象的であった.
 河井は藩士にサラリーを与え,藩を会社のような組織にした.河井は木戸より3倍上.もし,西軍側の人物であったら,今頃お札になっていたであろう.とわかりやすい人物評. 
殉死1997.10.10読了
 乃木の話.後年の精神主義は彼から来たものなのか.
北斗の人1997.7.6再読了
 千葉周作と河井継之助が共通する事を言っている。”勝負は立ち合いの気で決まる”。あと、千葉周作の言う舌刀についても、河井継之助の対話法などと共通する点が多くある。
1997.1.15読了
11番目の志士1997.10.24読了
 池波ファン向け.この話の人物,天童晋助,は架空の人物である.しかし,周防人を才 能がある人間も多いが,人を引きつけたりする能力は乏しいと分析している辺り,鋭いか も知れない.
花神1996.10.5(3回目)読了
 ここで取り上げられている蔵六は純粋な技術者であり,政治家ではない.元々 医者で村人に”今日は暑いですね”といわれ,”夏は暑いのが当たり前です”と か,”この時期はだいたいこんなもんです”というところはやはり技術者である .蔵六のえらいところは自ら機械になりきったところであろう.結局権力欲にと りつかれた人間に謀殺されてしまうが,その去り際も歴史的役目(戊辰戦争集結 )の終了後,半年である.蔵六の生家はその妻により取り壊されて,また,彼の 戦術や作戦の計画書はその家の襖に下張りされていたという.男の仕事はこのよ うに往々にして機械的であり,女の方が人生を楽しんでいるのかも知れない.
世に棲む日々1996.9.22(3回目)読了
この吉田松陰の”狂”はあらゆる宗教に通じるのかも知れない.た だ”狂”の方向性の 違いは自己顕示であったのに対し,松蔭の”狂”は完全な自己否定の国家主義で あるように思える. しかし,高杉は天才やなー.何度読んでも感動してしまう.
王城の警護者1996.9.1読了
”英雄児”: 河井継之助の話.短編.”峠”読むのがきつい人にはおすすめかも知れない.継之助の 人間分析は十分行われていると思う.

読書記録(その他の幕末/司馬さん関連編)

安岡正篤 「干支の活学」 2018年は戊戌(ぼじゅつ).戊は「樹木が茂ると,風通しや日当たりが悪くなって,虫がついたり,梢枯れしたり,根上がりしたりして,樹がいたむ,悪くすると枯れる.そこで思いきって剪定をしなければならぬ,というのが戊の意味であります.」戌は「戌の戊は茂に同じく,一(戊のなかのという意味)は陽気を意味し,草木茂る中に陽気を蔵するもので,また裁成の意がある.」
荒了寛 こだわらないとらわれない 最下鈍の者も、十二年を経れば、必ず一験を得る。 「愚か者は、努め励むことを知らないで、ただ良い結果だけを求める」(「雑宝蔵経」)これは釈尊の名言である。労せずして益を求める、というのが愚か者であるが、そんな最下鈍(さいげどん)の者でも、ひとつのことを十二年間取り組み続けていれば、必ずひとつは秀(ひい)でるものをつかむことができる、と最澄(さいちょう)は自分の体験からいう。

一隅を照らす、これすなわち国の宝なり。

夏目漱石 吾輩は猫である 2017.8 ××に聞くとそれは按腹(あんぷく)揉療治(もみりょうじ)に限る。ただし普通のではゆかぬ。皆川流(みながわりゅう)という古流な揉(もみ)方で一二度やらせれば大抵の胃病は根治出来る。安井息軒(やすいそっけん)も大変この按摩術(あんまじゅつ)を愛していた。坂本竜馬(さかもとりょうま)のような豪傑でも時々は治療をうけたと云うから、早速上根岸(かみねぎし)まで出掛けて揉もまして見た。ところが骨を揉(もま)なければ癒(なお)らぬとか、臓腑の位置を一度顛倒(てんとう)しなければ根治がしにくいとかいって、それはそれは残酷な揉(もみ)方をやる。後で身体が綿のようになって昏睡病(こんすいびょう)にかかったような心持ちがしたので、一度で閉口してやめにした。

迷亭から見ると主人の価値は強情を張っただけ下落したつもりであるが、主人から云うと強情を張っただけ迷亭よりえらくなったのである。 世の中にはこんな頓珍漢(とんちんかん)な事はままある。 強情さえ張り通せば勝った気でいるうちに、当人の人物としての相場は遥(はるか)に下落してしまう。 不思議な事に頑固の本人は死ぬまで自分は面目(めんぼく)を施こしたつもりかなにかで、その時以後人が軽蔑(けいべつ)して相手にしてくれないのだとは夢にも悟り得ない。 幸福なものである。 こんな幸福を豚的幸福と名づけるのだそうだ。

武右衛門君が退校になるのは、自分が免職になるのとは大いに趣(おもむき)が違う。千人近くの生徒がみんな退校になったら、教師も衣食の途(みち)に窮するかも知れないが、古井武右衛門君一人(いちにん)の運命がどう変化しようと、主人の朝夕にはほとんど関係がない。関係の薄いところには同情も自ずから薄い訳である。見ず知らずの人のために眉をひそめたり、鼻をかんだり、嘆息をするのは、決して自然の傾向ではない。人間がそんなに情深(なさけぶか)い、思いやりのある動物であるとははなはだ受け取りにくい。ただ世の中に生れて来た賦税(ふぜい)として、時々交際のために涙を流して見たり、気の毒な顔を作って見せたりするばかりである。云わばごまかし性(せい)表情で、実を云うと大分だいぶ骨が折れる芸術である。このごまかしをうまくやるものを芸術的良心の強い人と云って、これは世間から大変珍重される。だから人から珍重される人間ほど怪しいものはない。試して見ればすぐ分る。この点において主人はむしろ拙せつな部類に属すると云ってよろしい。拙だから珍重されない。珍重されないから、内部の冷淡を存外隠すところもなく発表している。彼が武右衛門君に対して「そうさな」を繰り返しているのでも這裏(しゃり)の消息はよく分る。諸君は冷淡だからと云って、けっして主人のような善人を嫌ってはいけない。冷淡は人間の本来の性質であって、その性質をかくそうと力(つと)めないのは正直な人である。もし諸君がかかる際に冷淡以上を望んだら、それこそ人間を買い被(かぶ)ったと云わなければならない。

内村 鑑三  代表的日本人 岩波文庫 2016.1 西郷隆盛
陽明学とキリスト教との類似性については、これまでにも何度か指摘されました。そんなことを理由に陽明学は日本で禁止同然の目にあっていました。「これは陽明学にそっくりだ。帝国の崩壊を引き起こすものだ」。こう叫んだのは維新革命で名を馳せた長州の戦略家、高杉晋作であります。(pp.19)
「人の成功は自分に克つにあり,失敗は自分を愛するにある.八分どおり成功していながら、残り二分の所で失敗する人が多いのはなぜか。それは成功がみえるとともに自己愛が生じ、慎みが消え、楽を望み、仕事を厭うから、失敗するのである」(p.41)
二宮尊徳
不誠実でふまじめな人間は相手にされませんでした。そのような人間は「天」にも天理にも反しているからです。いかに尊徳の力を用い、いかなる他の人の力をもってしても、その陥っている不幸や堕落から救い出すことはできません。その人たちに対しては、まず「天地の理」と和合させます。そのあと人間による必要不可欠の援助なら、なんでも提供されました。「キュウリを植えればキュウリとは別のものが収穫できると思うな。人は自分の植えたものを収穫するのである」「誠実にして、初めて禍を福に変えることができる。術策は役に立たない。」「一人の心は、大宇宙にあっては、小さい存在に過ぎない。しかし、その人が誠実であれば、天地も動かしうる」「なすべきことは、結果を問わずなされなければならない」これらのことを述べたり、またこれに類する多くの教訓によって、尊徳は、自分のもとに指導と救済とを求めて訪れる多数の苦しむ人々を助けました。(pp. 100)
中江藤樹
孔子様が亡くなられて二千年になる。そのように呼んで聖人の名を汚す気か、それとも私の学問好きを愚弄するつもりか。困った奴だ!戦だけがサムライの仕事ではない、平時の仕事もある。無学のサムライは,ただの品物だ,奴隷だ.おまえは奴隷に甘んじるのか.(pp. 118)
人は誰でも、悪名を嫌い、名声を好む。小善が積もらなければ、名はあらわれないが、小人は小善のことを考えない。だが、君子は、日々、自分に訪れる小善をゆるがせにしない。大善も出会えば行う。ただ、求めようとしないだけである。大善は少なく、小善は多い。大善は名声をもたらすが、小善は徳をもたらす。世の人は、名を好むために、大善を求める。しかしながら、名のためになされるならば、いかなる大善も小さくなる。君子は多くの小善から徳をもたらす。実に、徳にまさる善事はない。徳はあらゆる大善の源である。(pp.122)
学者”とは、徳によって与えられる名であって、学識によるのではない。学識は学才であって、生まれつきその才能をもつ人が、学者になることは困難ではない。しかし、いかに学識に秀でていても、徳を欠くなら学者ではない。学識があるだけではただの人である。無学の人でも徳を具えた人は、ただの人ではない。学識はないが学者である。(pp. 123)
学者はまず慢心を捨て、謙徳を求めないならば、どんなに学問才能があろうとも俗衆の腐肉を脱した地位にあるとは言えない。慢心は損を招き、謙譲は天の法である。謙譲は虚である。心が虚であるならば、善悪の判断は自然に生じる。(pp.135)
昔から真理を求めるものは、この語につまづく.精神的であることは虚であり,虚であることが精神的である.このことをよくわきまえなければいけない.(pp.135)
徳を持つことを望むなら、毎日善をしなければならない。一善をすると一悪が去る。日々善をなせば、日々悪は去る。昼が長くなれば夜が短くなるように、善をつとめるならば、すべての悪は消え去る。(pp.135)
谷の窪にも山あいにも、この国のいたるところに聖賢はいる。ただ、その人々は自分を現さないから、世に知られない。それが真の聖賢であって、世に名の鳴り渡った人々は、とるに足りない.(pp.139)
安岡正篤 運命を創る プレジデント社 2015.4 文化というものは非常に注意し、反省し,これを正養しないと、案外早く頽廃没落するものです.個人の私生活も民族生活も同じことです.案外長く持たぬものです.人間は成功しようと思って,皆あくせくするのですが,次第に成功するに従って非常に早く駄目になるものであることは,残念ながら我々にとって,今日でも事実であります.よく口の悪いのは,「名士というのは無名の間が名士であって,いわゆる名士になるに従って,メイは迷ううという迷士になる.そのうちにだんだんに冥土の冥士になる.」などど皮肉を申しますが,まあそういうもので,本当は無名にして初めて有力であります.有名は,つきつめた意味で言うと案外無力になる.これは歴史のしからしむる事実であります.(p25) 
六然.自処超然.処人るい然(人と接するには人を楽しくさせ心地よくさせる).有事斬然(事があるときにはグズグズしないで生き生きと).無事澄然.得意たん然.失意泰然(p72)
六中観.忙中閑(忙中に掴んだ閑こそ本当の閑),苦中楽(苦中の楽こそ本当の楽で,楽ばかりでは人を頽廃させる).死中活.壺中天(どんな境地であろうとも自分だけの内面世界は創りうる.いかなる壺中天を持つかによって人の風致が決まる).意中人(何事によらず人材の用意がある).腹中書.(p76)
八観の法(1)富めば即ち其の養う所を観る(2)尊ければ(出世をすると)即ち、その挙ぐる所を観る(3)居れば即ちその親しむ所を観る(4)習えば(なれれば)即ち其の言う所を観る(5)止まれば即ち其の好む所を観る(6)聴けば即ち即ち其の行う所を観る(7)貧すれば即ち其の受けざる所を観る(8)窮すれば即ち其の為さざる所を観る(p108)
伊川先生言う、人、三不幸あり。少年にして高科に登る、一不幸なり。父兄の勢に席って美官となる、二不幸なり。高才有って文章を能くす、三不幸なり。(「井川文集」)本当に大成させるためにはそれこそ朱子の序文にある通り、「習、知と共に長じ、化、心と与に成る」、という長い間の年期をかけた修練・習熟というものがいるのであります。決してインスタントにできあがるものではない。特に幼・少時代というものは、できるだけ本人自身の充実・大成に力を注いで、対社会活動などは避けた方が良いのであります。また自らも避ける心がけが大切で、それこそ大成できるのであります。これを忘れて外ばかり向いて活動しておると、あだ花のようにすぐ散ってしまう。(p165,166)
岩橋文吉 人はなぜ勉強するのか千秋の人吉田松陰 モラロジー研究所 2013.11 どのようにして『自分探し』に取り組んだら良いのでしょう。それには、今まで述べてきたように、自分には天から授かったかけがえのない尊い独特の持ち味があると信じて、その持ち味を見つけることから始めるしかありません。(p15)<br> 次はその分野が何であろうともその分野の自分の持ち味を卓越した状態にまで高めるように努力することです。(p18)
立志とは自分の持ち味を発揮することが世の中の人々のために役立つという自分独特の道を見つけ、その道に志すことに他ならないのです(p.27)
「谷は地下水が地表近くまで来ているので、樹木は地表の浅いところに細根を張り巡らして、苦労もなく栄養を取っている。だから樹高は伸び、葉も茂り立派に栄えているように見えるが、その割には根が細く浅いから、ひとたまりもなく倒伏してしまうのである。尾根に生えた樹木は地下水が遠いのでふとい根を深く下ろしている。だから倒れないで持ちこたえているのである。根こそぎになった樹木は枯死するしかないが、たっている樹木はやがて新芽を出して生き返る。」(p30)
「立志とは自分の持ち味を発揮することが世の中の人々のために役立つという自分独特の道を見つけ、その道に志すことに他ならないのです」(p27) 
福沢諭吉 福翁自伝 岩波文庫 2012.6 それゆえ緒方の書生が幾年勉強して何ほど偉い学者になっても,とんと実際の仕事に縁がない.すなわち衣食に縁がない.縁が無いから縁を求めるということにも思いよらぬので,しからば何のために苦学するかと言えばちょいと説明はない.前途自分の体はどうなるであろうかと考えたこともなければ,名を求める気もない.名を求めるどころか,蘭学書生といえば世間に悪く言われるばかりで,すでにやけに成っている.ただ昼夜苦しんで難しい原書を読んでおもしろがっているようなもので,実に訳のわからぬ身の有様とは申しながら,一歩を進めて当時の書生の心の底を叩いてみれば,おのずから楽しみがある.これを一言すればー西洋日進の書を読むことは日本国中の人に出来ないことだ,自分たちの仲間に限ってこんなことができる,貧乏をしても難渋をしても,粗衣粗食,一見見る影もない貧書生でありながら,智力思想の活発高尚なることは王侯貴人も眼下に見下すという気位で,ただむつかしければ面白い,苦中有楽,苦即楽という境遇であったと思われる.(福翁自伝pp.111-112)
斉藤孝 座右のゲーテ 光文社 2004.7 エッカーマンのゲーテとの対話を読むのは楽しいが、その入口としてのお薦めの本.
「結局、もっとも偉大な技術とは、自分を限定し、他から隔離するものをいうのだ。」pp20
「重要なことは決して使い尽くすことのできない資本をつくることだ.」pp.90
「生まれが同世代、仕事が同業、といった身近な人から学ぶ必要はない。何世紀も不変の価値、不変の名声を保ってきた作品を持つ過去の偉大な人物にこそ学ぶことだ。こんなことを言わなくても、現に優れた天分に恵まれた人なら、心の中でその必要を感じるだろうし、逆に偉大な先人に交わりたいという欲求こそ、高度な素質のある証拠なのだ。」pp.107
松井今朝子 幕末あどれさん PHP文庫 2004.5.23 作者は芝居に詳しい人なのか??芝居に関する記述は大変詳しい.全体のストーリ展開も芝居じみている. もういいやという感じ.
「上下交々利を征れば国危うし」(孟子)pp299
「天下を威するに,兵革の利を以てせず.天下を得るや仁を以てし,天下を失うや不仁を以てす.国の興廃存亡また然り.諸侯もこれに同じくして,不仁なれば社稷を保たず.」(成島の台詞)pp.300
池波正太郎 戦国幻想曲 新潮文庫 2003.2 渡辺勘兵衛の話.自分の主として相応しいかどうかということで主人を変える彼の生き方には爽快感を覚える.読みやすい本であった.
池波正太郎 剣の天地 新潮文庫 2003.1 上泉伊勢守の話である. 彼は「新陰流」の始祖であり,現在の剣道の基本を作った人物である. しかし,剣道とはそれほどまでに素晴らしいものであったか. 現在はほとんど形骸化されて,伊勢守の教えは残っているのかと疑問視するほどである. 「心と躰は二にして一.一にして二に別れている」 この教えは興味深い. 心通りに体は動かないことが多い. これが修行によりそこに到達するのであろう. 「活人剣」という考え方も素晴らしい. 剣術というのは技を超越できる日本古来の伝統といっていいのかもしれない. 明治の剣豪山田次朗吉の話も凄いと驚嘆した. 関東大震災を予言し,海外でも一躍有名になったそうであるが,その境地までいけるものなのか・・・
「剣道は外形の技術と内面の精神に別れ,この2つが渾然と解け合うところに本義がある. 内面的成熟を極めぬと,剣道は魂のない木像のような死物となってしまう. 剣道は,まず,わがままの心を捨て,虚明(すなお)な心を養うことをもって,不動の目的とする. 不動心というのは,いかなる狂瀾怒涛が身にせまってこようとも,我は大盤石のごとく動揺しない,このことである. 剣道は社会,日常の百般において存在する物であり,そうでなくては,この道を究めたことにならない.」 (山田次朗吉談,剣の天地 下 pp318)
吉川英治 宮本武蔵 2002.12 「無智はいつでも,有智より優越する.相手の知識を,てんとして無視し去ってしまう場合に,無智が絶対につよい.生半可な有智は誇る無智に向かって,施すに術がないと言う格好になってしまう.」 (吉川:宮本武蔵,風の巻pp142)
落合信彦 10年後の自分が見える奴1年後の自分も見えない奴 青春出版社 2001.4 ”我思う,故に我あり”と言うデカルトの考え方.と言うことは何も考えていない奴は存在していないのと同じである.
 自己をミサイルに当てはめる.生存度,耐久性,稼働率,浸透度,命中率.これにヒューマンエレメントの理解力,集中力,臨機応変性が必要である.人間はいつか死ぬから,いきるために全力を尽くすべきである.
 脳は筋肉と同じでトレーニングをすると活性化してくる.
 極限からの努力.セナの1センチ.
リチャード・カールソン 小さいことにくよくよするな サンマーク出版 2001.3  本屋で少し拾い読みして,面白そうなので読んだ.人間は不公平なのは当たり前であって,人を哀れむ必要はないのであるという話や一日のはじめにイヤな奴のことを考えるとその一日がイヤな気分であるが,好きな人物の幸福を願うと言い一日になるなどの話が印象に残る.突っ走ってきて,疲れたときの気分転換に読むのによい本である.
落合信彦 魂 光文社 2000.12.28 教育とは魂を設計すること.日本の教育は日教組と文部省が駄目にした.彼は文部省不要論を唱える.教育も地方自治に任せ,教育委員も昔のように選挙で選び,現場の先生も入れればいいと言う.江戸時代のように地方の独自性が出来てくると思う.また,競争も始まるだろう.受験戦争が無意味で,ゆとり教育ももっと無意味.日本の教育現状を見ていると,海外で学ばせた方がいいと思える.教員の質も確かに落ちている.サラリーマン教員は駄目であろう.それから,遙かに親の躾が駄目.小学校に上がるまでの躾が必要で,それをしないで学校任せにしている親が大半である.それで社会に出ればどうなるか.自分の足元から固めていかないと駄目である.
司馬遼太郎 この国のかたち6 文藝春秋 檜垣直枝と竜馬のやり取りから始まる.檜垣が竜馬の真似をしてピストルを手にしたとき,竜馬は近頃はこれさと言って万国公法を見せると言うはなしである.法を元に戦うと言う話は落合信彦も紹介していた.コラージュの街と言う話ははかなく美しい感じを覚えた.最後の役人道と言う話は危機感のある話であった.まったく,このままだと確かにどの国よりも旧アジア的になってしまう気はする.
落合信彦 「ケンカ」のすすめ ザ・マサダ 2000.3読了.営利を目的とした企業が家庭的であっていいのかと言うところから,あまちゃんな時代の終焉とこれからすべきことを説いてくれている.努力するだけではだめであって,”戦場”で勝たなければならないのである.今の日本はローマ帝国末期に酷似している.自己責任の上で各人が能力を発揮しなければ行けない.幕末を例に取り,新撰組,榎本,竜馬の戦いで,各人の展開を分析しているのも興味深い.就社ではなく就職と言う意識.孫子の合理主義.
池波正太郎 幕末遊撃隊 集英社文庫 1999.1.17読了 心形刀流,第二遊撃隊,伊庭八郎の生き方.不治の病により,学問の道から剣に生きる道に乗り換える.学問の道は,時間をかけて後世に伝えて行くべき道であるが,剣では瞬時に世の中に生き方を反映できるという発想である.請西藩藩主林昌之助と行動を共にし,箱根にて小田原藩と共に官軍を迎え撃とうとする.ここでの山岡鉄太郎との対話において,物事の基準について考えさせられる.この後,小田原藩の寝返りにより,遊撃隊は壊滅的.しかし,八郎は函館戦争まで転戦を続ける.流石,池波作品,あっと言う間に読めた.
三好徹 明治に名参謀ありて 小学館文庫 1998.12.2読了 児玉源太郎,益田孝,金子堅太郎,秋山真之,前島密,高橋是清の話.金子の話が面白かった.一人で日露戦争中のアメリカの世論作りをした人物である.武士道に基づいているが,今の日本の状況では出来ない演説だと思った.また,秋山の先見性の話,桃太郎の話など読むと,彼の奥深さを感じる.
大島昌宏 罪なくして斬らる 小栗上野介 学陽書房 1998.10.26読了 先覚者小栗の話.この小説を読むと日本海軍の生みの親は海舟と言うより小栗であるように思える.横須賀造船所の功績である.確かにこれがなければ,日本海海戦の勝利は難しかったであろう.勝が日本が海軍力を持つまでには,10年はおろか500年はかかるといって居ったのに対し,小栗の着実な見通しは卓越している.また,この小説では江戸城無血開城の条件として,造船所が使われている.日本の国力という観点からの発想もあったのである.やはり,小栗の現在の歴史的評価は不当に低いような気がする.妻との話,ヴェルニーを初めとするフランス技師との交流など心温まる.また,それに対して最後は大変悲しいものである.
山縣有朋 遺稿越の山風 東京書房  7/14読了
 やっと読み終えた.淡々と話が進んでいく.継之助側の動きが読めない分,奇襲が大変驚きとして伝わってくる.しかし,本当にここに書いてあるような行動をとったのであろうか.”前原の宿舎に至れば,前原は屋根に登りて火の手を望見し,快哉を連呼し居たり.”彼に事の極めて急なるを報じ退却する前に,西園寺卿への報告,錦旗の擁護をてきぱきと命じている.夜明け前に,三吉隊に城下の裏手にまわらせて偵察攻撃させたり.手も次々と打っている.三吉隊は行方不明になるが・・・・.ランキングの方にも述べる.
小林よしのり 新ゴーマニズム宣言戦争論  7/5読了
 司馬遼太郎が昭和に入って日本人は駄目になったと言っているのは戦争に負けたからであると痛罵.戦争に勝っていればそんなことは言うまいということである.昭和に入ってからの軍司令部批判は同等であるが.
池波正太郎著 若き獅 子 講談社文庫 6/6読了
 かなりのスピード展開である。忠臣蔵から小栗まで偉いたくさんの話が詰まっている。継之助の話”悲運の英雄”はランキングの方に述べる。
童門冬二 幕末の武蔵 5/13読了
 武蔵にあこがれる剣士宮本三蔵は霊感が強く,宮本武蔵や勝小吉らと相談しながら,幕末を生きる.最初は面白かったが...幕末の要人は全て登場する.また,主人公は千葉さなこに片思いし,龍馬が恋敵となる.うーん.でもあまり面白くなかった.
黒鉄ヒロシ 坂本龍馬 PHP研究所 5/10読了
 竜馬を誰が斬ったかという話から始まり,竜馬の足跡を詳しく辿っている.竜馬の人間くささがでていて良い.しかも,マンガであるので一日で読めた.
映画それから  代助:松田優作,平岡:小林薫.この映画って原作読んでないと訳わからんような気がした.下に引用したシーンはない.
4/30 夏目漱石 それから 4/30読了
 司馬さんって漱石の影響を受けているのかしらと思ってしまい,三四郎の次の書かれた作品を読むことにした.はたしてそうであった.
 代助が平岡に新聞屋をやることについてのお世辞を言うところで,”坂の上の雲”でも出てきた閉塞隊の広瀬武夫中佐の例を上げている.名前だけは偉そうだけれども,本来ははなはだ実際的だと言うことである.この主人公もやはり理屈が多い.「パンを離れ水を離れた贅沢な経験をしなくっちゃ人間の甲斐はない.」
夏目漱石 三四郎 4/12読了
司馬さんの街道を行く本郷界隈で三四郎の一節が出てくるので興味を抱き読んだ.面白い.一日で読めてしまった.街道を行くで出てくるのは次の一節である.

「しかしこれからは日本もだんだん発展するでしょう」と弁護した.するとかの男はすましたもので,「滅びるね」と言った.ー熊本でこんなことを口にすれば,すぐ殴られる.悪くすると国賊扱いにされる.(中略)相手になるのをやめて黙ってしまった.すると男がこういった.「熊本より東京は広い.東京より日本は広い.日本より・・・」でちょっと切ったが,三四郎の顔を見ると耳を傾けている.「日本より頭の中のほうが広いでしょう.」と言った.「とらわれちゃだめだ.いくら日本のためを思ったって贔屓の押し倒しになるばかりだ」

この他,三四郎の3つの世界の話や”当人には悲劇に近い出来事かも知れないが,他人にはそれほど痛切な感じを与えないと覚悟せねばならない”pp.246と為になる話も多い.可能であれば,本校が学生が読んでくれればよいが...と思った.

中島欣也 裏切り 3/26読了
読むのにえらい時間がかかってしまった.河井は殆ど登場しない.ランキングの方に内容は述べる.
稲川明雄 長岡城奪還 3/19読了
学会の行き帰りの新幹線でちょうど読めた.ランキングの方に内容は述べる.
緒形忍 竜馬死せず1,2 学研 2/5読了
幕末if小説.継之助が幕府の陸軍奉行へ,実際には無視された継之助懸案の京都包囲作戦が実施される.それにガットリング砲を投入..佐川は早々に打たれるし,継之助の思考が陽明学的でないが,マンガとしては面白い.一応小説である.
星亮一 奥羽越列藩同盟 中公新書1/26読了
河井を取り巻く東北の環境が戊辰戦前,戦後とよく分かった.読んでいると榎本艦隊と奥羽の連携のまずさや仙台藩の政治能力の低さがよく見えてくる.
津本陽 竜馬残影 1/20読了
最近竜馬関係を読んでないなと思い,手にした本.この本を読むと竜馬に対する好感が薄れる反面,その策略にも先進性を見る.いろは丸事件に関する小説.いろは丸購入自体が竜馬の策略である.大洲藩国嶋六左衛門は海援隊にはめられ,1万2千両も高く買わされたあげく,彼らのサボタージュにより無理矢理借り上げられ,その苦悩により,自害する.また,紀州藩明光丸船長高柳楠之助も竜馬にはめられ,海洋事故の責任を紀州藩に取らされてしまう.竜馬が生存し,政治家となったなら大久保と勢力を争ったことであろうと読了後感じた.

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